「生態系を壊さないように種のバランスを維持するには、野生の毛皮獣を罠にかけなければいけない時もあるのだから、罠猟で得られた毛皮は、本当に必要な行為の副産物にすぎないとも言えるのではないか」。しかし、現在の市場においては、罠猟はあまり重要とは言えない。統計によれば、今日使われている毛皮の八五%が養殖ものだという。罠猟で得られた毛皮は割合としてかなり少ないのだ。煎じ詰めれば、こういう枝葉末節は実際どうでもよくなってくる。動物がどうやって殺されるか、それがどんな目的に使われるかといったことに関係なく、論争の主題―決して解決されることはないかもしれないけれど―は残る。そもそも動物を利用していいのかどうか、ということだ。この疑問が消えない限り、論争も続くことだろう。万が一、毛皮が完全に消えるようなことがあったとしても、攻撃対象がレザーへと移るだけのことだ。そしてレザーが追い払われれば、今度はウールを目当てに羊を飼育するのはいかがなものかというように、矛先がどんどん変わっていくのである。そんなわけで、デザイナーは毛皮を使い続けるだろうし、ファッション・アイテムはそれを買い続けるだろうし、論争は続いていくだろうと予想される。少なくともしばらくの間は……つまり、トレンドとしての毛皮の人気が衰えるまでは。ファッションは、社会的に受容可能なものと不快感を与えるものとの狭間で揺れる、どっちつかずの存在と言える。その最たる例が毛皮であることは間違いないけれども、そうした例は他にもある。